レースに出るたび「上には上がいる」と実感させられる

マラソン大会に出るたびに「上には上がいるな」と気付かされます。

 

 

毎日10km走っているから、この間の村上市元旦マラソンはけっこう自信がありました。

 

【関連記事】

第63回村上市元旦マラソン大会に初参加!

 

でも、結果は「それなり」でした。

 

 

10km45分のタイムでは全体から見れば「それなり」です。

毎日走っていてもやっぱり上には上がいます。

 

 

昔の自分だったら「負けて悔しい」という気持ちに打ちひしがれていました。

あれだけ頑張って練習したのに全然報われないじゃないか。

周りの人たちはきっと才能があるにちがいない。

じゃあ自分には才能がないのか…エンドレス。

 

 

でも今は違います。

勝とうが負けようが、全力を出し切れたならそれで良しとしています。

 

 

そう思えるようになったのは、さまざまな人に出会ってきたからであり、社会人になってから仕事やなにやらで揉まれてきたからでもあります。

そこで芽生えたのが「価値観の相違を認める心」です。

 

 

上がいるということは決して悪いことではありません。

上がいるということは、考え方を変えればまだ目指すべき目標があるということです。

 

 

いつも一人で走っていると、つい自分が最上だと思ってしまいがち。

なのでたまに大会に出て他人と一緒に走ると、上がいると認識できて、気合いが入ります。

 

 

マラソン大会に定期的に出るのは、自分がどのくらい走り込んでいるのかを確かめるために走るようなものです。

 

 

僕を走らせるのは

誰かに勝ちたい、負けたくない

そういう気持ちだけではありません。

 

 

以前は他人に勝つことに価値があるのだと思っていました。

でも今は違います。

どんなに頑張っても上には上がいるということ、それを気付かされました。

これは成長ととってもいいかもしれません。

 

 

ある意味でいろんな人がいるんだなと気づくことができました。

いろんな人のいろんな価値観があるんだなということに気づくことができました。

だから誰かが速かったら「すごい」と思うし、遅くても必死に走っている人の姿には「頑張れ」と思います。

それだけのことです。

そこに悔しいとか誰かを打ち負かそうとかそういった気持ちはありません。

 

 

速い・遅いだけの価値観だけで走るのはとてもつまらないです。

でも、タイムを気にするのは大切なこと。

タイムを一種の基準として、自分の努力が正しいかそうでないかを判断することができますからね。

 

 

今日はそんな感じです。

次の大会は3月のハーフマラソンです。

きっとまた「上には上がいる」と認識することになるのでしょう…。

 

 

それではまた!