ホンモノの男になるには旅をせよ『旅人よ どの街で死ぬか。 男の美眺』感想【17冊目】

普段から地元の新潟市をあまり出ない管理人です。

休日はだいたいカフェか自宅にいることが多いです。

旅行に出ることは稀で、基本的に出不精であります。

 

今日読んだ本は、エッセイの巨匠・伊集院静先生の『旅人よ どの街で死ぬか。 男の美眺』です。

読んだあと、「旅に出なくては」と思わされる、非常に刺激的なエッセイ本でした。

 

内容紹介

エッセイの名手・伊集院静が旅を通して「大人の男の生き方」を綴る!
男が軟弱なのは「孤」を知らないからだ。「孤」を知るにはどうすればいいか。さまようことである。旅をすることである──
そう語る作家が、さまざまな街をめぐりながら、「旅と街と人生」を思索する。
パリ、バルセロナ、グラスゴー、ダブリン、上海……それぞれの街で、ヘミングウェイ、ゴッホ、ジョイスなど旅の先達に思いをはせ、
いかに生きるべきかを描きだす。
旅とは、住む場所ではなく、生きる場所を探す行為である。
生きる場所とは「死ぬ場所」のことだ。どの街で死ぬか──
そんな旅があってもいいではないか、と作家が自問しつつ、「大人の男」とは何かを教えてくれるエッセイ。
旅の写真もふんだんに盛りこんだ、「伊集院静」を楽しめる1冊。

 

男はなぜ軟弱になってしまったのか

なぜ軟弱なのか?

それは連むからである。一人で歩かないからである。”孤”となりえないからである。

連むとはなにか?時間があれば携帯電話を見ることである。マスコミが、こうだと言えば、そうなのかと信じることである。全体が流れだすほうに身をまかせることである。その行動はどうして起こるのか?

孤を知らないからである。なぜ知らないのか?孤を知るのを怖がるからである。

おじけづく者はぬるま湯に身をかがめていればいい。そうしていても死ぬことはできるのだから……。

 

先生は旅をすることで様々なことを学んできたと言います。

最近、世の中の男性がどうにも軟弱になっていると言います。

その理由は連むからであると。

 

SNSに依存してしまう人たちは世の中に大勢います。SNSを通じて知った情報が自分の中での常識になっている人もいます。その人たちの世界はあまりにも狭い。故に孤独につながってしまうのだと思います。

 

他人への依存を回避するにはどうすればいいのでしょうか?

 

弧を知るにはどうすればいいか。

さまようことである。

旅をすることである。

そこで何を見るか。そんなことは考える必要はない。旅に出れば否応なしにむこうからやってくる。旅のなかの空腹でさえ、一人の偉大な芸術家の創作が何たるかを理解させたとあるのだから。まずは今座っている椅子、立っている場所を出ることである。

 

旅をすることに対して、何かを得ようとかは考えなくてもいい。

ただ旅に出るだけで、旅のほうから与えてくれると言います。

 

 

知らない土地に足を踏み入れ、知り合いのいない状態はまさに非日常です。一歩、非日常に踏み込むことで得られるものは計り知れません。楽しい経験であろうとハプニングであろうと、すべてが自分の糧になっていく。それが旅というものだと思います。

 

大人の男とは

大人の男にとって、

ーーわからないでは済まない。

ことが多くあるのは事実だ。

大人の男が少なくとも三十歳を過ぎたなら、自分を取り巻く世界に対して確固たる見解をを持っておくべきである。

イデオロギー、歴史観、宗教観、政治、経済、哲学、芸術……。あらゆる分野において自分なりの考えを持っておくのが大人というものである。その見解、考えが間違っていようが、それは別の問題である。

 

僕は、政治や経済というワードを毛嫌いして生きてきました。つまらないし、汚いものだと。

ただそう言って避けていられるのも20代が限界でしょう。いや、20代ではもう遅いのかもしれません。

政治や経済、哲学、芸術など。知らないでは済まないことがいつの間にか周りに溢れていることに気づきます。

これも旅によって得られたひとつのきっかけなのでしょう。

 

本とは何か

ーー本とは何か?

伝えたい事柄が記してある「物」。それ以外の何ものでもない。伝達手段として言葉はこの世に誕生した。手段とは別に、言葉が持つ民族性、時代性はここでは述べない。情緒、美といった類のものも除く。

書を必要以上に、人の生に大切なものと考える人たちがいる。

それほどのものではない。

本はそこに置かれているときは「物」である。人が手に取り内容を読む。そのときも物でしかない。食物と書くように、書は書物でしかない。食物は摂らなければ人はやがて飢えて死ぬ。だが書物がなくても人は死なない。時折、書を読んでいなければ死んでしまうとうそぶく者がいるが、そういう輩に限って何が書かれてあるかまったく理解できていない。

食物には美味い、不味いがある。書物にも同じことが言える。食物はなかに毒を盛ればすぐに死ねるが、書物の毒は死ぬまでに時間がかかる。それ以上に毒を身につけて永生きする者もいる(むしろこちらのほうが多い)。

 

ただ本を読む、だけでは足りないのかもしれません。筆者が言わんとしていることを本当の意味でしっかりと理解して、人生に生かしてこそ初めて意味のある「物」になるのです。

 

書物はこれを読み、そのうちに何があるかが肝心である。

書物を生涯一冊も読まず、かなりの生き方をした男、きちんと生きている男は山ほどいる。そういう男のほうが生半可に書物を読んだ男より信用がおける。

 

生半可に書物を読んだ人よりも魅力的に生きている人はたくさんいます。本を読んで満足して終わりではいけないのでしょう。むしろ中途半端に本を読むくらいであれば、本は読まなくていいのかもしれません。

 

まとめ

伊集院静先生が様々な国を訪問し、そこで得た知識や学んだことが書かれたエッセイ本でした。『大人の流儀』シリーズを読んだことがありますが、この人の人生は波乱万丈すぎます。

同時に先生の生き様に素直に「すごい」と思える内容だったと思います。

 

男であれば旅に出なくてはいけない。早く旅に出なくては。

そんな気持ちにさせてくれるエッセイ本でした。

 

それではまた!