何年も同じ価値観を持ち続けることは難しい

数年以上前に車を購入しました。

 

手元にはローンが終わった車が一台あります。

今日はその車の話なのですが、数年前になぜ僕がいまの車を選んだのかが思い出せないのです。

 

 

当時は車屋さんに頼んでカタログを見せてもらい、その中で車種と色を決めました。

試乗もせずに目の前で広げた紙の上で、人さじ指で「これ」と指して選んだのだけは覚えています。

いま考えればこれから5年以上は乗っていく自動車を試乗はおろか、実物すら見ずに購入したのは大したものだと思います。いや呆れてしまいますが。

 

 

以前まではこの車で遠くへ出かけたりもしていたのですが、現在は通勤に使うぐらいが関の山。

いまの車でドライブに出かけようという気持ちは膨れ上がることはありません。

つまり愛着という概念が存在していないのです。

 

 

過去の自分といまの自分の価値観が全く違うという点について自分でも驚くことはあります。

「車を買う」ということは、庶民からすれば一大決心なわけですが、その一大決心すらも今の自分にとっては過去の出来事。

その過去の出来事への思い入れはだんだんと薄れていきます。

 

 

おそらく揺るがない価値観というものは存在はしないのでしょう。

最初は好きだったのにだんだんと愛着が薄れていったり、好みが変わっていったりすることはおかしなことではありません。

しかし、少なくとも「過去の自分はこういう考えで選んでいた」ということが思い出せるくらいには、こだわりを持ってモノを買いたいものです。

 

 

新車の購入は別段立てているわけではないのですが、もし次の車を買う時には最低限こだわりを持って買うでしょう。

車だけではなく、文房具などの小物にも気を配っていきたいところです。

 

 

人の価値観は移ろうもの。

その移ろいの中でもしっかりとこだわりを持っていきたいです。

 

 

それではまた!