2年前、人生初のフルマラソン出場を決めた。あの時僕は人生を少しでも変えたかった。

3年連続でフルマラソンに出場予定の管理人です。

今年も新潟シティマラソンにエントリーしており、通算3回目の参加となります。

 

毎年力試し的にフルマラソンへ参加をしているのですが、ふと最初の参加のきっかけは何だっただろうかと思い返してみました。

今日は、ランニング初心者だった僕が、どのようにしてフルマラソンに参加したのかを振り返ってみます。

 

2年前10kmランを始めた

ほとんど惰性で仕事をしていた時代がありました。

毎日絶望というか、闇の中でもがくようにして生きていたときに、ランニングと出会いました。

いや、本当はもっと前からランニングに挑戦してはいたのですが、続けるための明確な理由が欠けていました。

 

僕のランニングを始めた理由を話します。

中学生の頃にファンになったUVERworldというバンドがあります。ボーカルのTAKUYA∞さんが毎日10km走っているとの情報を知り、「彼に会うために僕も毎日10km走ろう」と思ったのがきっかけでした。

 

そこから毎日ランニングを続ける習慣が身につきました。(過去記事:UVERworldと僕と10kmランニングを語る

 

最初の頃は、人生で感じたことのない筋肉痛との戦いでした。

階段の上り下りも、椅子に腰をかけるのもやっとの状態で、生活レベルで激しい痛みを感じていました。

しかし同時にどこか充足感も得ていました。

 

人間の体は不思議なもので、数週間もしないうちに筋肉痛は感じなくなりました。

確かこの段階でレースに参加してみようという意識が生まれました。

 

大会にエントリーしてみよう

大会にエントリーして自分の力を試してみよう。

そう決心してインターネットで検索をしてみると、新潟シティマラソンの情報が真っ先に出て来ました。

 

参加部門は10km、ハーフ、フルの3つ。

フル(42.195km)はランニングを始めたばかりの初心者にはハードルが高すぎる。そう思ったので、出場するならハーフ(21km)と決めていました。ちょうどランニングを一緒に始めた友達を誘ってエントリーをしようとしました。

 

ここで初めて気づいたのですが、新潟シティマラソンのハーフ枠は埋まるのがとても早いのです。

エントリー開始2日目ぐらいでハーフ枠は埋まってしまっていました。

 

残る枠は10kmかフルということになったのですが、10kmは毎日走っているから、わざわざお金を出してまで出場するのは気が引けました。となれば残るはフルしかなくなるわけです。

 

最初の年のフルマラソンは消去法で出場することが決まったのでした。

 

ニート、フルマラソンを走る

人生初のフルマラソンに挑むまでに練習した期間はおおよそ5ヶ月間でした。

毎日10km走るだけの、何のトレーニング理論もないシンプルな走り込みだけを続けました。

目標はサブフォー(4時間以内にゴールすること)を目指してはいたのですが、「まずは完走」を目指して練習を重ねました。

 

この頃、勤めていた会社を退職し、無職でありました。

 

当時はいろいろと考えるところがあったかもしれません。

意地でも走り切ってやろうとか、そういったことを考えていました。

とにかく自分にだけは負けないぞと。

 

人生初のフルマラソン完走

初めてのフルマラソンでは様々なことを学びました。

 

交通規制のかかった道路では、地元の人たちがランナーへ応援の声をかけます。「がんばれー」という声を見ず知らずの僕にかけてくれたり、沿道の人とハイタッチを交わしたりもしました。

普段一人で走っていたので、大人数で走ったり誰かに応援されたりというのがとても新鮮で、また嬉しくて少しだけ涙が出ました

 

フルマラソンならではの給水や給食、スポンジなど、レース本番でしかやらない体験もしました。

特にスポンジは何に使うの?と不思議に思いながら手に取ったのを覚えています。

 

30km以降の足の筋肉が破壊されていく感じも、そのときに知りました。

両足に重りをつけて走る感覚に加えて、肉を突き刺すような痛みが伴います。

そのうち腕にも重力を感じるようになり、周囲の音や感覚に過敏になります。

ゴール直前の2kmあたりでは「もう絶対に次はやらない」と思いながら、「早くゴールしたい。地面に座り込みたい。シャワーを浴びたい。ああああああああああ。」と疲労のことで頭をいっぱいにしながらゴールへと向かいました。

 

ゴールしたときは、正直言って達成感はそれほど感じませんでした

長く続く疲労がようやく終わった。その程度の感覚でした。

むしろ自分の力不足を感じた瞬間だったなあというのが正直な感想です。

 

レース直後は疲労感に打ちひしがれていたのですが、体力が戻ってくると気持ちも回復してきました。

「もう絶対フルマラソンはやらない」と思っていた僕でしたが、前言を撤回して「次はもっと早く走ってやるよ」という気持ちに変わっていきました。

 

人間の体(と心)は本当に不思議なものです。

 

その後も走り続けた

人生初のフルマラソンを走り終えた翌日は、やはり筋肉痛に見舞われました。

初めて10kmを走ったときのように強烈な痛みが僕を襲いました。

それでもその日も10kmランニングをしました。フルマラソンを走った翌日も10km走る。憧れていたTAKUYA∞さんがそうしていたので、僕もそのようにしました。

 

その後10kmラン継続は途切れてしまうのですが、また再開してはほとんど毎日走り続けてきました。

体も走ることにどんどん慣れていきましたし、気持ちの部分でも走ることに対するハードルはなくなっていきました。今では雨の日も雪の日も走ることができています。

 

いろんなことを考えて走ってきた

こうして走り始めたときの気持ちを今でも思い出せるのは、走るときにいろんなことを考えて走ってきたからだなあと、自分自身で思います。

前の職場を惰性で過ごしていた時に、TAKUYA∞さんの10kmランの衝撃的事実に遭遇し、少しでも人生を変えたいという気持ちで挑んできました。

 

仕事を辞める前も辞めた後も、いろんなことが頭の中でぐるぐる回っていました。

「本当にいいんだろうか。この先は大丈夫なんだろうか」

同じことが頭の中で回り続けていました。この時期にランニングに出会っていなかったら、不安な気持ちをうまく消化できなかったかもしれません。ランニングがあったからこそ、気持ちを整理して新しいステップに踏み出せていたのだと思います。

 

そういった点ではランニングに救われたといっても過言ではありません。

ランニングは僕の人生を変えてくれました。

 

理由があって今がある

憧れの人に近づくため、退職をきっかけになど、様々な要因が絡まってランニングを続けてきました。

今ではランニングを通じて出会った人や経験は僕の大切な糧となっています。

まだまだ目標を達成したわけではありません。

これからも理想に追いつけるよう、毎日毎日走っていきます。

 

それではまた!