星野源最新エッセイ第「1」弾がオタク心を今日もくすぐる『いのちの車窓から』感想【14冊目】

星野源が好きです。

いえ、誤解しないでください。彼が書くエッセイ本が大好きです。

僕は男ですので、惚れているのは彼の生き様ということになります。一応、彼の執筆している本は全て読んできました。『そして生活はつづく』では大いに笑い、『蘇る変態』では時に涙を流しました。

そんな彼の新しいエッセイ本『いのちの車窓から』を読みました。今作も等身大の星野源が描かれています。

内容紹介

今、大注目を集める星野源。彼が紡いできた、風景そして心の機微ーー

星野源、エッセイ最新刊!

星野源が、雑誌『ダ・ヴィンチ』で2014年12月号より連載をスタートした、エッセイ「いのちの車窓から」に、書き下ろしを加えて単行本化。
ドラマ「逃げ恥」、「真田丸」、大ヒット曲「恋」に2度目の「紅白」出演と、怒涛の駆け上がりを見せた2年間の想い、経験、成長のすべてがここに。
星野源の面白さと、哲学と、精確さのすべてを注ぎ込んだ、誠意あふれるエッセイ集。

「人生は旅だというが、確かにそんな気もする。自分の体を機関車に喩えるなら、この車窓は存外面白い。」(本書「いのちの車窓から」より引用)

なお、装丁を吉田ユニ、カバー・挿絵イラストを『キルラキル』のキャラクターデザインもつとめた、すしおが手がけている。

 

表現家、星野源

あの頃、夜中、寝静まり、音もしない街で何の未来もない自分の無能さに押しつぶされそうになり、眠れず、意味もなく片眼から涙を流し、息苦しくなって掛け布団をゆっくりとはぎ取り身を起こし、傍らにあったギターで真っ暗な中歌を作った、あの瞬間。それが今、歌っているこの瞬間と繋がった。こんなことがあるのかと思った。

あのとき「誰かに伝われ」と心から飛ばした電波は、幻想でも、ナルシスティックな妄想でもなかった。何年もかけてゆっくりゆっくり飛んでいき、ここにいる大勢の人たちの元に届き、受信されていたのだ。無駄なものだと思っていたあの想いは、ここにちゃんと繋がっていたのだ。

 

彼の書く文章を心底気に入っています。

『逃げるは恥だが役に立つ』というドラマで大ブレイクし、巷では恋ダンスが大流行しました。まさに超売れっ子に成長した星野源さんなのですが、非常に長い下積み時代もありました。

ブレイクする前の純真な気持ちが、まったくぶれずにメディアでも出せていると僕は思います。なぜ星野源はぶれずに、常に等身大の自分を出せるのか。それは下積み時代や、もっと遡って幼少期の頃から、自分を見るという習慣ができていたのだと思います。

文章を読んでいても、謙虚さが滲み出てきて、奢りや自慢などひとつも感じ取ることなく読み進められました。これほど売れれば、普通でいられないのが人間の性だと思うのですが、星野源にはそれがない。故に感動をし共感してしまうのです。

彼が昔から思うことはただひとつ。「誰かに伝われ」という気持ちがあるからこそ、楽曲を作り、時に演技に、時に文章に彼の気持ちを表現をするのでしょう。

 

星野源が文章を書くようになったきっかけ

彼が文章を書くようになったきっかけは何だったのか。

彼の著書を読んでいく中で浮かんでいた一つの疑問でありました。文章を書くのにいくつかの理由があったらしいのですが、最も大きなきっかけはなんと「メール」でした。

メールを書くのがものすごく下手だったのである。

壊滅的だった。センスのかけらもない。今軽く思い出しても胃のあたりが凹んだような苦しい感覚に陥る。自分のメールを受け取ってしまった人は呪いのスパムメールを受け取った人よりも迷惑であると回顧する。

了解でう〜

 

虫酸が走るとはこのことである。

誤字や打ち間違いではない。大昔の自分は、この「です」を「でう」と書くことを面白いと思っていたらしい。どのメールを読んでも、体内に40個ほどの卵を蓄えたチャバネゴキブリを生で飲み込んでしまったのではないかと錯覚するほどに吐き気のする、気色の悪い文章がそこにあった。

 

まるで中学生の黒歴史のようですね(笑)

僕は、昔のメールは消去してしまうので、ほとんど残ってはいないのですが、たまにmixiのブログを読み返すと死にたくなる気持ちは、これと一緒だと思います。どうして昔の文章を読み返すと恥ずかしくなっちゃうんでしょうね。まさにゴキブリを飲み込むほどの気持ち悪さを感じてしまいます。

しかしこのことがきっかけで星野源さんは文章を書くようになったというのですから驚きです。

文章を仕事にすることで、苦手を克服しようとしたのです。ですが、最初は文章を楽しんで書くことはできなかったようです。

しかし、書いていても、ちっとも楽しくない。自分のセンスのなさと向き合い続けなければならないからだ。納得がいかなくても締め切りには提出しなければならない。

 

苦手な文章と向き合い、仕事として書いていくうちに彼の紡ぐ「言葉」は洗練されていきました。

 

そうこうしていくうちに任される文字数はなぜかどんどん増えていき、いつの間にか自分の本が出ることになり、何年も書き続けた結果、今では自分の想いをそのまま言葉にできるようになった。

 

等身大の星野源がいい

それまで、相手に好かれたい、嫌われたくないという想いが強すぎて、コミュニケーションを取ることを放棄していた。コミュニケーションに失敗し、そこで人間関係を学び、成長する努力を怠っていた。

それを相手に「人見知りで」とさも被害者のように言うのは、「自分はコミュニケーションを取る努力をしない人間なので、そちらで気を使ってください」と恐ろしく恥ずかしい宣言していることと同じだと思った。

「お前ウザいよ」と言われた幼いあの日から、嫌われないように自分の性格を歪め、そもそも人間が好きではないと思おうとしていたが、僕は人が、人と接することが大好きだったのだ。

 

誰かに悪口を言われた、人に嫌われたくない。強烈なコンプレックスを感じたといった経験を積んだ人が世の中にはゴマンといるはずです。その人たちのことを代弁するかのように、星野源さんは的確に言葉を選んで表現してくれています。

 

「俳優」という職業をどのように捉えているか

俳優というのは大変な職業だ。自分の思っていることでなく、人が書いたセリフを喋る。好きでもない相手を愛したり、嫌いでもない人を傷つけたり、体験したことのない職業になる。常に嘘をつき続ける。人気が出ればチヤホヤされ、注意されることはなくなる。そして、そんな環境の中で、数が非常に少ない椅子取りゲームを、他の俳優相手に延々と繰り返さなくてはならない。

 

星野源さんが「俳優」という職業をどのように捉えているのかがわかる文章です。

他人を演じるということがどれだけパワーを使うのかがわかる文章だと思います。

 

そんな精神状態で「普通」の感覚を持てる人は本当に少ない。人気が上がれば上がるほど精神は孤立し、忙しさと比例してその人のエゴはぐんぐんでかくなる。どうしてもわがままになり、周りが見えなくなる。現場をフォローするときは「フォローしている感」がどうしても出てしまう。周りからは白い目で見られる。どんどん普通から遠ざかっていく。

 

その「普通」を体現しているのが、ドラマで共演した新垣結衣さんだと言います。10代から芸能界で活躍している彼女は、いまや国民的女優へと成長しました。美人で演技もできて、誰よりも輝いている女優の一人だと個人的にも思います。

僕らの代表星野源から見ても、彼女は十分周りに奢ってもいいくらい、高い位置にいると言います。そんな中、気遣いの心を忘れていないと感心してしまうほど、新垣結衣は素晴らしい女優だと、本の中で語られています。

『逃げ恥』が放映していた当時、画面越しから伝わってきた、二人の仲睦まじい感じは本物だったのだと安心しました。同時に、我らの星野源も変わらず、いつまでも好感の持てる有名人でいてほしいと思ったのでした。

 

まとめ

今回はイラスト付きのエッセイということもあり、今までの作品よりもより手軽に読めました。どこかで見たことのあるイラストだな?と思っていたら、アニメ『キルラキル』すしおさんというイラストレーターさんでした。

アニメ好きでゲーム好きな星野源さんは、オタクサイドから見ても非常に好感を持てます。

 

表紙イラストはちょっと離してみると数字の「1」を表しているので、次回作も期待できそうですね。

 

それではまた!