人生の本質をついたエッセイ本『生きるヒント―自分の人生を愛するための12章 』感想【2冊目】

1994年に出版された本で、20年以上前に書かれた『生きるヒント―自分の人生を愛するための12章 』を読みました。五木寛之先生が書かれた本で、「生きるヒント」とありますが、自己啓発本ではありません。あくまで先生のエッセイ本として読むのがいいでしょう。

本の内容は全部で12章あり、「歓ぶ」「惑う」「悲む」「買う」「喋る」「飾る」「知る」「占う」「働く」「歌う」「笑う」「想う」と分かれています。

どの章でも先生が感じたこと、日頃考えていることが綴られているのですが、共感できる部分が非常に多く、さくさく読み進めることができました(あと文字数が少ない)。中でも「これは!」という共感できた部分をピックアップしていきます。

 

惑う

それから、<考える>ということもありますね。<本を読む><芝居を見る><音楽を聴く>ということも役に立ちます。また、やきものをつくるとか、キルトをぬうとか、俳句や和歌をやるとか、<つくる>というのもあります。<食べる>こともそうだ。これらは、みんな、昔は趣味と考えられていた。しかし、ぼくはそれを単なる趣味ではないと思うのです。それは人が生きていくことの本質なのではないか。人間は、本来、そういうことをするために生きているのであって、その時間と余裕を生み出すために働くのです。働くこと自体が目的ではない。

20世紀は遊びが仕事になるとも言われています。働くことが目的のようにうたわれていた時代は終わったといってもいいでしょう。働くために生きるのではなく、生きるために働くといったらいいのでしょうか。鵜が先か卵が先かの話ではないですが、仕事が主体の人生は(人によって価値観は異なるのでしょうが)僕は避けたいと思っています。

できれば遊びの感覚で仕事を楽しみたいこの気持ち。それはつまり人間の本質だといいます。

趣味が仕事になる時代に、そういった生き方を選べる人はどれだけいるのでしょうか。本質を貫く生き方をしていきたいものです。

 

買う

度胸がなければ物は買えません。良いものは必ず高い。ときに安くて良いものもありますが、一般的に市馬経済の中では、本当に値打ちのあるものは高価であるのが普通です。そういうものに思い切ってお金を遣うことができず、その下のミディアム・クラスの品で我慢したために、あとからえらく後悔することがあります。要するに度胸がないのでしょうね。

当たり前のことですが、良いものは高いのです。選ぶ基準が、何でもかんでもお金という人は少なくないでしょう。安ければ何でも良いでは、本当のモノの価値はいつまでたってもわかりません。

社会人になるまでは、1万円以下の財布をダメにしては買い直していました。働き始めてからは、「社会人だし良い財布を買おう」と思って、三越のルイヴィトンへ通いました。1万円の財布しか持ったことのなかった僕には、あの空間はまさに異次元でした。額に汗がにじむほど、高額な財布の案内を受ける僕の目は「@@」こんなアットマークな目をしていたことでしょう。

しかし購入後の後悔は一切ありません。むしろ買ったことを誇らしく思うくらいです。それは高いものを買ったという満足感ではなく、良質な財布を所有できたことからくる満足感です。

満足感を得るための度胸。その度胸はこれを買ったら自分はどうなるかをしっかり想像することと、小さな勇気が必要だと思います。

 

働く

しかし、生きるということは、じつは大変な努力と労力を要する行為です。空で気楽にうたい戯れているような感じのする小鳥たちでさえも、明日に生命をつなぐための必死の労働があるにちがいありません。一本の木、一本の雑草さえもそうです。

毎日楽しく生きているように見える人にも、何らかの悩みやストレスは抱えているものです。人には成功者と呼ばれる人たちも、人知れず努力や苦労を抱えて成功をつかみました(一般的にそういう認識でいます)。軽やかに生きているように見えて、軽やかに生きることを演じている人もいます。

生きるということには、ものすごいパワーが必要だと思います。ちょっとでも気を抜いてしまうと、ズルズルよくない方向に進んでしまうような、油断ができない行為だと思うのです。だからこそ楽しいのだし、いろいろなことに力を入れようということもあります。

 

まとめ

改めていいますが、自己啓発本というよりもエッセイに近い内容で本作は綴られています。こう考えると気持ちを楽にして生活できるよと、そんな風に先生からのメッセージが込められています。

決して答えが乗っている本ではないと思います。「生きるヒント」をきっかけに自分がどのように生きていけばいいのかを考えさせられる本です。

20年前に出版された本とは思えないほど、いまの時代にもマッチしていると思いました。それはやはりこの本に書かれていることが、本質をついた内容だということが言えるのでしょうね。

それではまた!